化粧品の成分表示を見ると多くの場合、最初に記載されているのが「水」です。
この「水」は化粧品のベースとなる最も重要な成分ですが、通常の水ではなく特定の「生体水」や「機能性水」を採用することで、製品の差別化を図るブランドが増えています。
原料メーカーはどのようなメリットを訴え、そして処方設計のプロである研究員はそれをどのように評価しているのでしょうか?
今回は化粧品に使われる、基材の中心である「水」にフォーカスしてみましょう。
【化粧品に使われる「水」】

化粧品に使用される水は単に不純物が無いだけではありません。
有効成分の安定性や製品全体の品質を保証するために、極めて高度な処理が施されています。
化粧品の製造で最も一般的に使用されるのは、日本薬局方(JP)やISO規格に準拠した精製水です。
精製水の製造には、複数の高度な処理工程が用いられます。
①活性炭濾過
水道水に含まれる残留塩素や有機物(臭いの原因物質など)を除去します。
塩素は有効成分を酸化させたり、製品の安定性を低下させたりする可能性があるため、この工程で完全に除去されます。
②イオン交換
水道水に含まれる無機塩類(カルシウム、マグネシウム、鉄分などのイオン)を除去し、純粋な水に近づけます。
イオンが残ると、界面活性剤や増粘剤の性能を低下させたり、有効成分(特に酸性の成分)と結合して変色や沈殿を引き起こします。
③逆浸透膜処理
イオン交換で除去しきれない微細な不純物、残留イオン、微生物などを除去します。
超純水に近いレベルのクリーン度を達成し、製品の長期安定性に貢献します。
(※②と③は同時進行で行うようです)
④殺菌・滅菌
製造プロセスに入る前に、水中の細菌や微生物を完全に除去します。
一般的には、紫外線やオゾン処理による殺菌が用いられます。
(※厳密には、殺菌と滅菌は区別されています)
この他にも、一部の製品には電気分解した水が使われます。
このように、ただの「水」だけでもこれだけの手間暇がかかっています。
【生体水】

「生体水」と厳密な定義があるわけではありませんが、一般的に生物由来または自然環境下で特別な水源から採取された、精製水ではない水原料を指します。
これらは、化粧品原料としての「水」自体に付加価値を持たせるために使用されます。
化粧品成分表示としては「〇〇水」や「〇〇液」と表示されます。
一般的に挙げられるものとして、
・温泉水
みんな大好き、温泉。
特定のミネラルを含み、実際の温泉の効果効能としてアトピー性皮膚炎や乾癬の炎症抑制などの実績があります。
一方で処方中のイオン濃度が高まると、増粘剤や乳化剤の安定性に影響があるとも言われています。
・海洋深層水
太陽光が届かない深度200m以上の海水で、ミネラルが豊富に含まれます。
諸説ありますが、人間の体液に近いミネラル組成を含むとされ、肌のイオンバランスを整えるのに適していると言われています。
一方でコストが高く、またミネラルのよる効果効能の証明は難しいとも言われています。
・ハーブウォーター、フローラルウォーター
ローズやカモミールなどの花弁や、ハーブなどの蒸留水。
正確には精油を作る際に、副産物として残る蒸留水を指し、極微量の精油成分を含むとされています。
主に芳香によるリラックス作用、もしくは極微量の抗酸化作用が働くと言われています。
一方で作られる年ごとの品質に差が生まれやすく、品質管理や防腐処理が難しくなるとも言われています。
・白樺樹液、メープル樹液
シラカバやサトウカエデの樹が吸い上げた水を採取した水で、ミネラルやアミノ酸、糖類を含みます。
メープル樹液は取れた水を煮詰めることで、みんな大好き”メープルシロップ”になります。
天然の糖類やアミノ酸がグリセリンのような自然な保湿性を有し、肌の環境を整えると言われています。
収穫時期が限定される植物のため、安定供給が難しくコストが高くなります。
また、防腐処理が非常に難しくなります。
これらはあくまで一例で、実際には数多くの生体水が原料として存在します。
いずれも精製水と比べコストが高く、また安定性を高める処方が難しくなる傾向があるので、主に高価格帯の化粧品で使われます。
そして、生体水に対する個人的な意見は以下の通り。
①情緒的価値
これが最も大きいと思います。
原料の背景にあるストーリー性が購買意欲を高めるのは事実ですので、そういった原料のオリジンが必要になることもあるでしょう。
②官能的価値
特に植物由来の生体水は微香を含むので、化粧品が肌に馴染む際の自然な香りが使用感を向上させます。
③間接的な機能性
温泉水や海洋深層水、樹液系などは微量のミネラルや糖類を含むため、ベース処方を穏やかにサポートします。
いずれも「微量」や「穏やかな」という言葉が付くように、これらが化粧品としての性能に大きく寄与することは少ないと思われます。
あくまで製品としての「個性」や「高級感」を演出するための素材であり、直接的に品質を向上させると考えるのは、ちょっと微妙なところかと。
【機能性水】

対照的に「機能性水」は、発酵や化学処理などを施し、水としての機能に付加価値を持たせたものです。
こちらも様々な種類がありますが、非常に難解なのが特徴。
・超純水
精製水をさらに高度に精製し、不純物を極限まで取り除いた水と言われています。
超純水は不純物が極限まで少ないため、逆に「空気に触れた瞬間に二酸化炭素を取り込んでpHが変化する」「容器から不純物を引き出す(溶出)」といった、非常に不安定で扱いが難しい性質も持ちます。
配合成分の反応を抑制するため、非常にデリケートなビタミンC誘導体やタンパク質などの配合に適していますが、非常に純粋ゆえに扱いが難しい(不純物を引き込みやすい)という側面も持っています。
・活性水素水、還元水
精製水などを電気分解し、水素分子を水に溶解させたものです。
肌の老化の原因となる活性酸素(フリーラジカル)を中和し、抗酸化作用を発揮すると言われています。
ただし、水素分子は非常に小さく揮発しやすいため、製品中での安定性と持続的な効果を担保できるのかは(個人的に)分かりません。
・磁気処理水、イオン化水
水を強力な磁場に通したり、イオン化処理を施したものです。
水のクラスター(分子集団)が小さくなり、有効成分を溶かしやすく、肌に浸透しやすい、といった物理的な変化が訴求されることが多いです。
・高密度安定純水
読んで字の如く、水を高密度で安定させたものだそうです。
水の粒子(分子)が細かく、水素結合で強固に結びついているそうです。
ザっと思いつく限りではこんなところですが、正直なところ、効果効能は分かりません。
特に後半の水は「メーカーによる理論の提唱」に留まっており、学術的なエビデンスに乏しいのが正直なところ。。
これらをアピールするメーカーが総じて斜めな雰囲気を纏っていることもあり、個人的に採用は見送る方針でいます。
【多機能性基材】

ちょっと番外編として、弊社で採用している水は「多機能性基材原料」と呼ばれます。
多機能ベース原料とは単に水や溶剤として機能するだけでなく、有効成分を配合する前の「ベース(基材)」の段階で、既に高い保湿力や整肌作用などの機能を持つ原料を指します。
例えれば「水に調味料(美容成分)を溶かす」のではなく「出汁(多機能性基材)に調味料(美容成分)を溶かす」ような感じ。
これは、「水・BG・グリセリン」という従来の基材の概念を超え、製品の根幹の底上げが可能な原料であると私は考えています。
現在、最も多く使われているのは「発酵原料」だと思われます。
近年は「発酵」のブームもあり、様々な発酵エキスが原料メーカーからリリースされています。
代表的なのは、
・コメ発酵液
・乳酸菌発酵液
・ダイズ発酵液
・アロエベラ発酵液
など。
ただ、今現在は区分けされていないのですが、そのままベース基材に使われるものと、ベース基材に(エッセンスとして)添加するものの2種類が存在します。
一概には言えませんが、成分表示のトップ(水の代わり)に来る場合は「発酵液」、中盤以降に表示される場合は「発酵エキス」として分類・表示されるケースが多いです。
微生物の酵素によって、元の原料(米、コラーゲン、植物など)が低分子化され、浸透性が向上します。
また、代謝物としてビタミン類、有機酸、アミノ酸などが生成されます。
これらはNMF(天然保湿因子)に近い成分を多く含むため、肌のバリア機能の回復と保湿力向上に直接的に寄与します。
加えて、肌のマイクロバイオーム(常在菌叢)のバランスを整える効果も期待されます。
弊社はちょっと特殊で、コラーゲンとパイナップル果汁を発酵させたものや、玄米を麹菌で二段発酵させた、極低分子のものを採用しています。
【まとめ】
以上、ザックリでしたが、化粧品原料の基材となる「水」の解説でした。
それぞれに個性があり、機能的な意味合いとして採用するメーカーがあれば、情緒的な付加価値を求めて採用するメーカーもあります。
ヘアケアにしても、スキンケアにしても、訴求性の大部分は「美容成分」になります。
その一方で、化粧品の大半を占める「水」にこだわる処方設計も少なくありません。
何せ中身の大部分を占める訳ですから、根本的な処方設計からして従来品とは違うものになります。
とはいえ、良いことばかりではなく、本来ならコストに入らない水にコストがかかるわけです。
当然、販売価格に上乗せされますので、自然と高級品やこだわり抜いた化粧品にしか使われないのが現実です。
弊社の意見としては、洗い流す前提のシャンプーやトリートメントの処方で、水にこだわるのはあまり意味を見出せません。
肌に残る化粧水や美容液などは十分に意味があると考えていますし、反対に乳液やクリームに対しては安定性の維持のために適さないイメージを持っております。
また、弊社が採用するのは「多機能性ベース原料」のみであり、生体水や機能性水に関してはあまり興味を持っていません。
理由としては、私たちが多機能性基材を選ぶのは、肌のバリア機能への直接的なアプローチや、NMFの補給といった「生理学的な合理性」を最優先しているためです。
ストーリー性のある化粧品の企画はマーケティングとしての常套手段であることは理解しています。
しかし、我々が作るのは「最も簡単、最も贅沢」な化粧品。
「弊社の商品設計に合致しない」のが一番の理由かもしれません。