先日、3カ月ぶりにお客様が来店されたんです。
普段は毎月カットしに来られる方なんで、久しぶりですねーとか挨拶してたらすぐに気が付いたんです。
40代前半の女性ですが、髪の生え際や耳が真っ赤に腫れてたんですね。
お客様曰く「ずっと白髪染めトリートメント使ってたら、いきなりこうなった」と。
それから1カ月以上フケや猛烈な痒みに襲われ、寝てる間に無意識に掻きむしるのでじんわり血が出るようになったと。
シャンプーはもちろんのこと、ドライヤーで熱風が当たるだけで痛みがあると。
症状が落ち着いたので髪を切りに来たと仰ってましたが、見てすぐに分かるほどに頭皮がボロボロの状態でした。
見た目的にもかなり辛そうだったので、もう見てて痛々しいというか何というか。。
ちょっと思うところがあるので、ヘアカラーやカラートリートメントに伴うリスクを比較しながら、掘り下げてみたいと思います。
【ヘアカラーのメカニズム】
まずは改めてヘアカラーについて、正確には『酸化染毛剤』について。
セルフカラーをしたことがある人なら分かると思いますが、一般的な酸化染毛剤(カラー剤)は1剤と2剤を混ぜて作られます。
どのメーカーでも基本的に1剤は酸化染料(芳香族アミン類+カプラー)で、2剤は過酸化水素です。
あまり詳細には触れませんが、順を追ってさっくり説明します。
■1剤(酸化染料)
①芳香族アミン類(酸化染料前駆体)
・パラフェニレンジアミン(PPD)やパラトルレンジアミン(PTD)など。
・単体では色を持っていない。
・アレルギーを誘発するのは大体コイツら。
・これらをまとめて『ジアミン』と呼ぶことが多い。
②カプラー(カップリング剤)
レゾルシンやメタアミノフェノールなど。
こちらも単体では色を持っていない。
■2剤(過酸化水素)
・オキシとも呼ばれる
・ブリーチ作用があり、メラニン色素を壊すことで髪を明るくする
・1剤に含まれる酸化染料を酸化させることで、発色を促す
・髪や肌を老化させる『活性酸素』の正体はコイツ
■メカニズム
①過酸化水素がメラニン色素を分解(脱色)し、色を持たない前駆体(芳香族アミン類)を酸化させる。
②酸化した前駆体はカプラーと結合(酸化重合)することで染料分子が発生し、髪が染まる。
ざっくりですが、これが一般的なヘアカラー剤のメカニズムです。
カラー剤に含まれるPPDやPTDなど、俗に言うジアミン(染料)はそれ自体が強い感作性(アレルギー誘発性)を持っています。
分子量の小さいジアミンが肌や頭皮などのタンパク質と結合し、アレルゲン複合体を形成することでアレルギーの原因となるわけです。
【アンチカラー剤の意見】
過激派アンチの意見として「PPDは毒性が強く、重篤なアレルギーを発症し、死に至ることもある」と主張する人がいます。
事実として間違っているわけではないんですが、個人的には的外れな意見だと思っています。
ちょっと分かりにくいのですが、まず過激派の意見をまとめます。
芳香族アミン類には発癌性を指摘されているものがあり、これらを『特定芳香アミン』と呼び現在は24種が指定されています。
例として、繊維の染色に使われるアゾ染料『4-アミノアゾベンゼン』を挙げてみます。
4-アミノアゾベンゼンは特定の条件で分解されると、カラー剤に含まれるパラフェニレンジアミン(PPD)を生成します。
なので「カラー剤が頭皮から浸透し、ガンを発病する危険性がある」という理屈です。
これは決して間違ってはいないのですが、かといって正しいと言えるかどうかは極めて微妙なところ。
IARC(WHOのがん専門機関)によればPPDはグループ3「ヒトに対する発癌性が分類できない」とされています。
これはどういう意味かというと、グループ3は
「発癌性が無いと断定しているわけではない」
「発癌性に至る確かな証拠も無い」
「ヒトに対する発癌性の証拠が不十分、さらに動物実験とヒトの試験データが矛盾している」
時に適用されます。
ちなみにカフェインやナイロン、コレステロールなども同グループに分けられ、様々な研究が重ねられていますが未だ決定的な証拠は得られていません。
また、あくまで「アゾ染料の分解物」としてのお話なので、そもそもヘアカラー剤と同一視するものでもありません。
まとめると「カラー剤のリスクは重篤なアレルギー性に注視すべきであり、懸念すべきは接触性皮膚炎とアナフィラキシーショックである」ということです。
また、とあるECサイトで「PPDは発癌性があるので、EU諸国では使用禁止である」という意見を見かけましたが、普通に幅広く使われています。
濃度上限や年齢制限などの条件はありますが、使用禁止ではありません。
現地ではPPDフリーなカラー剤もあるようですが、その代わりに似たような構造の染料(トルエン-2,5-ジアミンとか)が使われるので結局は似たようなものなんですよ。
総じて、この手のことを言い出すのは「酸化染毛剤は毒性が強いから、ヘナカラーやカラートリートメントを使おう」と主張する人たち。
かつての「シリコーンはヤバいから、ノンシリコンシャンプーを使おう」と同じ図式ですな。
ユーザーもいい加減この手のネガキャンセールスの実態を知るべきかなと思いますが、良くも悪くも素直に受け入れてしまう人が多いんでしょうね。
【アレルギー性について】
パラフェニレンジアミン(PPD)は強い感作性が証明されており、カラーによるアレルギー性皮膚炎の代表格ではあります。
しかしながら、実際にアレルギーを発症するのは極一部の人だけであり、カラーをする人の割合を分母にすると極めて少ないのも事実です。
2023年のデータでは年間で出荷されたヘアカラー剤の数は、実に2億5千万個。
(JHCIA:日本ヘアカラー工業会より引用)
対して過去5年のデータでは消費者庁に報告された「カラー剤による重篤なアレルギー」は約1000件、年間平均にすると200件/年です。
これが多いか少ないかは不毛なので触れませんが、試しにザっと計算してみましょう。
出荷数だけでは正確な使用量は推測できませんが、仮に半分の1億2500万個が使用されたと仮定してみましょう。
年間200人のアレルギー発症者を仮使用量125,000,000で割ってみると、実に1000万分の16%(0,00016%)
これはさすがに「危険性が高く控えるべき」とは言えないのではないでしょうか?
(余談ですが、飛行機が落ちる確率は0,0009%だそう)
良く例として挙げられる、残念なケースに触れてみます。
実際にイギリスでカラーを染めた後、死亡してしまった事例があります。
(参考文献※BBCニュースに飛びます)
このケースではヘアカラーを染めた女性が重度のアナフィラキシーショックを起こし、亡くなってしまった事件として当時はかなり問題視されました。
しかしこれには理由があり、直接の原因は「高濃度のジアミンを混合したヘナタトゥーによるアレルギーの促進」と結論づけられています。
つまりカラー剤はたまたま引き金になっただけで、その前にやったヘナタトゥーが原因ということ。
もし仮にもう一度ヘナタトゥーをしていたら、同様に亡くなっていた可能性が極めて高いと思われます。
ちなみに、ヘナカラーにもジアミンが含まれることはあります。
さらに言えばカラートリートメントによく使われるHC染料にも、微量ですが芳香アミン類(アゾ基)を含むものもあります。
結局は含まれる量の話なので、極端に言えばどの種類のカラーを使ったとてアレルギーのリスクはゼロにはならないということです。
【何で使うの?】
ここで目線を変えて「こういったアレルギー性を危惧されながら、何故カラー剤にPPDが使われるのか?」について触れます。
まず第一に、PPDは発色が綺麗。
深く奥行きがあり、自然な色合いを作ることに長けており、これは他の染料では再現が難しいようです。
「染料が毛髪内部に定着し、簡単に色落ちしない」という性質は当たり前ではないんですな。
第二に、他の染料(カップラー)と組み合わせることで様々な色調を作ります。
彩度の高い繊細なカラーや、白髪染めに使う濃い色合いなど、多様なニーズに沿うために不可欠なものでもあります。
ちなみにPPD単体では基本的に黒っぽく染まります。
第三に、極めてコスパが高い染料です。
実際にカラー剤に配合される量はかなり少なく、日本では6%が上限となっています(オキシを混ぜた後の最終濃度)
つまり、ちょびっと足すだけで染毛が可能になるので製造費用(販売価格)を抑えられるメリットがあります。
コンビニやドラッグストアで1000円くらいで買えるのは、このコスパの高さがあるからと言っても良いでしょう。
で、安全面に関して。
これは世界共通で「適切な使用方法と厳格な規制により、安全性は保たれている」ことで、使用が許可されています。
日本で言えば製造や販売に関して厳しい基準を要する『医薬部外品』に分類されていますし、成分表示と注意事項の記載が義務付けられています。
それと同時にPPDの配合上限が定められ、安全性が許容される範囲内での使用が厳しく設定されているわけです。
「だから絶対に安全なのか?」と問われると、正直答えにくいところではあります。
しかし、少なくとも世界中で使われるカラー剤の使用実績を鑑みれば、明らかに危険なものだと断定はできません。
結論として「極一部の人を除き、大半の人は大丈夫」だと考えるのは、自然なことではないでしょうか?
【カラートリートメント】
白髪染めによる肌かぶれの心配が無く、美容室に行かずにとも自分で染められる便利なカラートリートメント。
酸化染毛剤と比較して安全性が高いとも言われており、何よりもその手軽さでシェアを拡大しているようです。
その一方で、どこのメーカーを見ても宣伝文句とリスクに齟齬があるように思います。
メーカーや販売サイトの言い分を見てみると「HC染料や塩基性染料を使っているので安全」だそうな。
カラー剤に使われる染料と比較して安全だと主張するわけですが、カチオン界面活性剤については何も触れないのが特徴的ですね。
多少の例外はありますが、トリートメントは肌に直接つけることは推奨されません。
特にカチオン界面活性剤である四級アンモニウム塩や三級アミン塩は肌のタンパク変性を起こす可能性が危惧されています。
根元の白髪にどっぷり塗ることは安全性の観点から見ると、カラー剤と同様に明らかにリスクだと思います。
さらに問題なのは、その頻度。
基本的にカラートリートメントで白髪がきっちりと染まることはありませんし、定着する力は弱いので簡単に流れ落ちます。
要はカラー剤と比べ、染まりが悪いということ。
ただでさえ30分(メーカー推奨)とか頭皮につけっぱなしにするのに、リスクとリターンが釣り合ってないように見えるんですね。
(※個人的な意見です)
一定の間隔で何度も繰り返し使う前提の製品でもあり、何度も繰り返しカチオン界面活性剤を肌に塗るのはいかがなものかと。
1カ月~2カ月に1回のヘアカラーと、週2~3回のカラートリートメントと、どちらが大きな負担となるのかは微妙なところじゃないでしょうか。
カラートリートメントによる健康被害を消費者庁のデータバンクで調べてもハッキリとは示されておらず、明確なデータや根拠は見当たりません。
恐らく酸化染毛剤もカラートリートメントも「カラーで荒れた」と一括りになっていのが原因と思われます。
ちなみに、HC染料や塩基性染料も接触性皮膚炎を起こした事例があります。
(参考文献※外部リンクに飛びます)
肌が弱かったりアレルギー体質な方は、カラートリートメントでも十分に注意すべきだと思います。
次に気になるのが、販促のイメージ。
決して肌に優しいわけではないカチオン界面活性剤を肌に直接塗るにも関わらず、やたら「肌に優しく安全♪」をアピールするんですよね。
とにかく「無添加」とか「植物エキス」とか「天然由来」を推しますし、優しげなイメージを植え付けようとする魂胆が見え隠れしています。
以前も話しましたが化粧品における「無添加」や「天然由来」に意味は無いです。
そもそも洗い流す前提なら植物エキスはいらんだろ。
このように酸化染毛剤のリスクを声高に訴え、カラートリートメントの安全性を歪曲する姿勢には疑問を感じます。
メーカーってデメリットをあまり言わないんでね。
「説明書に書いたから読んでね」で全て解決しちゃうもんで、あとは全て自己責任になるのは留意しておくべきかと。
【まとめ】
肌や髪に働きかけるということは、自然に起こる現象ではなく人為的に起こす現象です。
つまり「ヘアカラー剤に限らず、全ての化粧品や医薬部外品にはリスクがありますよ」ということ。
何だったら医薬品にもリスクはあります。
むしろ「ウチの製品は安心安全で、全く負担を与えません」と言うのなら、中身が水か、嘘をついてるかのどちらかです。
何度も繰り返し訴えていますが「天然由来、自然素材」や「無添加」という言葉に意味はありません。
大切なのでもう一回言いますが、本当に意味はありません。
あと、これは美容師としての意見ですが、カラートリートメント使い続けると髪質が悪くなるんですよね。
例えるならカラー剤は「染色」でカラートリートメントは「着色」なんですけど、カラートリートメントってあくまで髪の表面の着色なんですよ。
ひたすら着色コーティングを上塗りするから質感がゴワゴワになるし、過度にベタつくんで乾かなくなる傾向が高いです。
シャンプーしても泡立ちが悪かったり、クシ通りが悪かったり、端的に言えば美しくないんです。
とはいえ、どんなカラーを選ぶのもユーザーの自由ですし、コスト面も鑑みて選ぶ意味はあります。
どの商品にしろ、それぞれにメリット・デメリットがあるので否定はしません。
ただ、酸化染毛剤も極端に危険なわけではないですし、カラートリートメントだからすごく安全なわけではないのです。
完成度だけでいえばカラー剤の圧勝ですし、楽をしたいのか、綺麗になりたいのかで価値が変わるものでもあるでしょう。
最後に、ひとつお願いをしておきます。
セルフカラーやカラートリートメントによる痒みや肌かぶれで悩んでいると、相談を受けることが多いのですが。。
お願いだから、まずは医者に行ってください。
明らかにかぶれた肌を目の前にして、美容師に出来ることはありません。
真っ先に医者にかかって、然るべき処置を受け、薬を貰うべきだと思います。