今回はシャンプーに使われる、アニオン界面活性剤のお話。
その中でも、いわゆる『アミノ酸系』と『PPT系』について触れたいと思います。
きっかけはとあるSNSの投稿。
「アミノ酸系シャンプーは髪と同じ成分で洗うから、補修性が段違い」
「洗った後は3分放置して、泡パック」
「たったこれだけで市販シャンプーがサロン級に変化する」
という投稿を見かけたんですな。
これがどう見ても正確とは言い難いんですよ。
どのような意見を発信しようと自由ではありますが、エビデンスがないものを大々的に発信するのはいがなものかと。
なので「何がどう正しくないのか」を含め、ヘアケアのメカニズムを説明します。
長くなるので、先に簡潔にまとめておくと、
■アミノ酸系シャンプーは優しく洗うもの
■皮脂を取り過ぎない=保湿性を維持できる洗浄性
■ダメージ毛への補修性は無い
■ダメージ補修しながら洗うのはPPT系のみ
では詳細に触れていきましょう。
【アミノ酸系の特徴】
文字通り『アミノ酸』に由来する界面活性剤で、そのマイルドな洗浄性で近年よく使われる原料です。
よく引き合いに出されるラウリル硫酸Na・ラウレス硫酸Na(サルフェート系)やオレフィン(C14-16)スルホン酸と比べ、全体的に洗浄性が穏やかな特徴があります。
マイルドな洗い心地だからこそ皮脂を奪いすぎることがなく、結果として保湿性を残して洗えるのが利点ですね。
泡立ちはサルフェートに劣るものの、キメ細かくヘタらない泡質を作る良質な洗浄成分だと言えます。
その最大の売りは低刺激であるということ。
種類にもよりますが。。
まぁ刺激云々は配合濃度に左右される方が大きいのですが、髪や頭皮を構成するアミノ酸に組成が近いので生体適合性が高く、肌への刺激が少ないと言われています。
よって乾燥肌や敏感肌、アトピー性皮膚炎の方に対する選択肢としてメリットはあると思います。
で、髪の補修性に関してですが、これはさすがに無理があるかなーと。
後述しますが、アミノ酸系には髪の内部構造を補修する力は無いんですよ。
だから加水分解PPT(ケラチンとかコラーゲンとか)を配合したり、脂質を補給するために油剤やセラミドを配合したりするわけで。
実際の研究論文で「アミノ酸系界面活性剤が吸着し、手触りを改善した」と示唆するデータもあったりはします。
が、これはシンプルに「コンディショニング成分のおかげじゃないの?」感が拭えません。
いずれにせよ「皮脂を奪いすぎず、保湿性を与えながら、洗うことが可能になる」のがアミノ酸系界面活性剤の役割であり、本来はそれだけでも十分に有用なものです。
ちょっと大袈裟というか、盛って現実離れした効果をアピールする姿勢が問題なんだと思います。
【PPT系の特徴】
ポリペプチド(PPT)系界面活性剤は「唯一、毛髪の内部補修性を持つ界面活性剤」です。
ダメージ毛の内部に浸透し、髪のケラチンとくっつくことで強度や弾性の向上が見込めるようになります。
とはいえ、実際に処方を組む際は色々と工夫が必要。
ダメージ毛に対するアプローチはワンパターンではないので、様々な角度から考える必要があります。
髪の滑らかさやサラサラな質感などは主にコーティング成分が担うものなんですね。
PPT系が担うのは主に内部補修(分子量による)ですが、内部補修だけで綺麗な髪に導けるわけではありません。
しかし、髪のダメージホールを埋める(欠損部を補充する)力を持つ界面活性剤は、今のところPPT系のみであると言えるでしょう。
で、意外と知られていないのが「PPT系界面活性剤と加水分解PPTは何が違うの?」という点。
単に内部補修するだけなら添加する補修成分(加水分解ケラチンとか)で十分なんじゃないかという話ですな。
答えはそのままなんですが『PPTによる補修性』と『界面活性剤』の特性を持ち合わせているから。
つまり汚れを落とす(洗浄)と、ダメージ補修(浸透・吸着)を同時にできるのがメリット。
トリートメントで髪にコンディショニング性を与える前のステップで、既に補修成分を髪の内部に届けることが可能になるわけです。
毎日のシャンプーだけで、全体的なダメージ補修の能力を底上げできるようになるんですね。
『界面活性剤』なので、PPTの分子構造に『親水基・親油基』を持つように設計できます。
この構造により洗浄中に髪の表面に吸着しやすくなり、その後のトリートメントの浸透や吸着を補助するブースター的な役割も果たします。
頭皮に関してもアミノ酸同様、肌に馴染みやすい性質を持つので保湿性も持ち合わせてますし、低刺激な処方も可能です。
デメリットは原料コストが高いのと、製剤が難しいこと。
原料が並外れて高価なため、低価格~中価格帯のシャンプーに配合するのは難しいかもしれません。
稀に配合されているものもありますが、あくまで補助的な枠割での微量添加が殆どだと思われます。
ついでに起泡性とコシのある泡持ちを確保するのが難しく、製造元の技術力が問われる難しい原料なんです。
とはいえ、コストと製剤の難しさに目を瞑れば高機能性シャンプーを作る際の有力な選択肢だという点で間違いはありません。
【加水分解〇〇とは?】
補修成分として添加する加水分解PPTも有用ではありますが、言うても「単なるタンパク質の分解物」です。
シャンプーに配合されたPPTの一部が一時的に吸着はするものの、その大半は流す際に一緒に流れ落ちます。
界面活性剤のような特性は持たないので、効果は洗浄後に残った『吸着残留量』に大きく依存します。
なので他の界面活性剤と組み合わせたり、カチオン化高分子ポリマーと組み合わせたりする工夫が必要になってくるわけで。
それはつまり「トリートメントに混ぜた方が効果的じゃない?」という結論に行き着くわけですな。
油剤やカチオンと混ぜて残りやすくした方が有用なので。
あくまで「シャンプーに混ぜたら、、」という話なので、加水分解PPTがPPT系界面活性剤に劣っているという話ではありません。
実際に添加型PPTは広くトリートメントに使われますし、サロンで扱う大半の前処理・中間処理剤に配合されます。
特に昨今は某メーカーの低分子ケラチンがジワジワと話題を呼んでますし、基本で王道な「添加型ケラチン」の有用性はまだまだ掘り下げる余地がありそうです。
【メカニズム】
長々と話といて今更ですが「何故、アミノ酸系が補修性を持たないのか」について触れます。
あくまで私の見解ですが、毛髪補修とは、
「ダメージによって失われた毛髪内部のタンパク質(ケラチン)や脂質、水分を補い、欠けた構造を強化し、キューティクルの損傷を修復する」
ことを指します。
そこでいくつかに分けて、まずは毛髪補修のメカニズムを説明します。
①浸透・被膜
補修成分が毛髪表面(キューティクル)の隙間や、ダメージで露出したコルテックス層に浸透。
分子量が小さいほど浸透しやすい傾向があるので、低分子で浸透を促し、高分子で表面を覆うのが基本です。
②吸着・定着
髪の内部に浸透した補修成分が、ダメージによって空洞になった部分や断裂したタンパク質に定着。
a)物理的吸着
成分が空洞を埋めるように入り込んだり、髪の表面に膜を形成したりする。
b)化学的結合
成分が髪のタンパク質と水素結合、イオン結合、あるいは共有結合などの化学結合を形成し、より強固に定着する。
③構造の再構築・強化
定着した補修成分が髪のケラチンタンパク質と一体化するように作用し、失われた強度・弾性・柔軟性を取り戻す。
これにより切れ毛や枝毛の発生を抑制し、髪全体の構造を安定させます。
④表面の保護・平滑化
キューティクルが剥がれた部分を覆ったり表面を滑らかにしたりすることで、髪のツヤを向上させる。
摩擦によるダメージを軽減し、内部成分の流出を防ぐ。
ざっとこんな感じでしょうか。
これらのメカニズムには、
・成分の分子量
・分子構造
・電荷
・毛髪との親和性
などが大きく関わってきます。
で、本題の「何故アミノ酸系ではできないのか?」について。
①構造と役割が『洗浄』に特化しているため
アミノ酸系界面活性剤はアミノ酸を「親水基」の一部として持つ「界面活性剤」です。
つまり中心的な役割は水と油(汚れ)をなじませ、汚れを乳化・分散させて洗い流すこと。
その分子構造は髪のケラチンタンパクのように複雑に折りたたまれたり、多数のアミノ酸が連なって特定の立体構造を形成するようにはできていません。
単純な親水基と親油基の組み合わせであり、補修成分としての機能を持つ「活性サイト」や「結合部位」が基本的に存在しないんです。
②毛髪ケラチンとの『結合様式』が異なるため
毛髪補修の主要なメカニズムは、補修成分が髪のケラチンタンパク質と強固に「結合」し一体化することです。
アミノ酸系界面活性剤は単体のアミノ酸をベースにしているとはいえ、そのアミノ酸は脂肪酸と結合しており、界面活性剤として機能するように修飾されています。
そのため髪のケラチンが持つ主要な結合部位(ペプチド結合の再形成や、S-S結合の修復など)に、アミノ酸系界面活性剤が特異的に結合し構造を再構築するような化学反応は起こりません。
一時的に髪表面に吸着することはあっても、それは主に静電的な相互作用や物理的な吸着であり、シャンプーで簡単に流れ落ちます。
③分子量と浸透・定着の限界
アミノ酸系界面活性剤は、洗浄成分として機能するのに適した分子量を持っています。
この分子量が髪の深いダメージ部位にまで効率的に浸透し、かつ洗い流されずにしっかりと定着して構造を補強するとなると不十分であるか、またはその特性がそもそも補修には不向きです。
特にシャンプーだけでは、補修成分が髪の内部に浸透して定着する時間は極めて限られます。
④『補修』と『保湿』の違い
アミノ酸系界面活性剤は親水性アミノ酸残基により、髪に吸着することで保湿効果を発揮し、しっとりとした手触りを与えます。
髪のキューティクルを過度に傷つけず、毛髪内部の脂質や水分を奪いすぎない洗浄性にはダメージの進行を抑制する効果もあると言っても良いでしょう。
しかし、これはあくまで「保湿」や「ダメージ予防」の話。
すでにダメージを受けて失われたタンパク質を補い、髪の内部構造を補修することとは根本的に違う話なんですよ。
ちょっと例えが痛々しいですが、
・『保湿』は骨折した部分に湿布を貼ること
・『補修』は折れた骨を繋ぎ合わせること
くらい違います。
【まとめ】
とまぁ長くなりましたが、要約すると冒頭に書いた通りです。
散々語っておいてなんですが、、意見は人それぞれなので私の意見が全部正しいとは言いません。
とはいえ、何の根拠も無く意見を述べているわけでもありません。
(化粧品機能性素材集:日本化粧品技術者会、JCS:アメリカ化粧品技術者会など参照)
スキンケアもヘアケアも掘り下げていくと難しい話になるんで、簡単に説明するのが難しいんですね。
私も本当はもっと分かりやすく簡潔に言いたいんですけど、あまり端折ると間違えるかもしれないので(汗)
ユーザーの中には「面倒くせぇこたぁいいんだよ!」と思う方も多いでしょう。
「好きな美容家が良いって言うから、余計なお世話だ!」と思う方もいるでしょう。
それはその通りです、何なら私もそう思います。
しかし、無知だと損をするのが美容の世界。
賢く自分に投資できるようになるためには、やはり正しい知識を身に着けるのが最も近道だと思います。