「家で手軽に染められる」
ホームカラー(セルフカラー)の利便性は、多忙な現代人にとって非常に魅力的に映ります。
1,000円くらいで購入出来て、サロンに行く時間もコストも抑えられるため、これほど効率的な美容法はないように思えるかもしれません。
美容師としても、必ずしも「セルフカラー=悪」とは思っていません。
物価高で生活を圧迫する現代では、こういった考え方も必要になることがあると思います。
一方で、セルフカラーは長期的に見ると、必ずしも節約にならないケースがあります。
あまり語られない「成分の化学的な違い」や「毛髪の構造」のメカニズムを紐解きながら、なぜサロンカラーに「価値」が生まれるのかを解説していきます。
【お手軽なリスク】

市販のカラー剤とサロン用のカラー剤。
実際の違いが分かるユーザーは極少数だと思います。
何なら、美容師でも正確に説明できる人は多くありません。
同じカラー剤なので似たようなものではありますが、その設計思想(処方)には大きな違いが隠れています。
①アルカリ剤の設計
揮発性か、残留性か。
カラー剤が髪を染めるには、キューティクルを開かせる「アルカリ剤」が必要です。
このアルカリ剤にも様々な種類があり、目的や用途に応じて使い分けられています。
・アンモニア
主にサロンカラーに配合されます。
揮発しやすい特性があるため、特有の刺激臭があります。
カラーの塗布後には役割を終え、空気中に逃げていくため、適切な処理をすれば髪に残りにくい設計です。
・MEA(モノエタノールアミン)
主に市販のホームカラーに使われます。
臭いが少なく扱いやすい反面、分子が大きく揮発しにくい性質を持ちます。
揮発しにくいため、毛髪内部に残る「残留アルカリ」となりやすく、髪にとって悪影響となります。
シャンプーを繰り返しても髪の中に残り続け、場合によっては1~2週間にわたってダメージの原因となります。
②薬剤のパワー
幅広いユーザーを想定しているため、市販品は「誰が使っても染められる」必要があります。
そのため、薬剤のパワーは「最も染まりにくい髪質(撥水毛)」に合わせて、強めに設定される傾向が高いです。
サロンで美容師が考える「髪質やダメージ度合いに合わせた薬剤選定」ができないため、良くも悪くも強力な力でしっかりと染める力があります。
一方で、「力の調整ができない=ダメージリスクが高い」ということでもあり、使う度に髪のコンディションを無視した、過剰な負担を強いることにもなります。
【プロの技術】

最も大きい違いは「人の手」、つまりプロの技術になります。
「染まっていない部分(新生部)」と「すでに染まっている部分(既染部)」の境界線の見極めは、結構難しいものなのです。
セルフカラーで後頭部まで完璧に「根元だけ」を塗ることは、かなり難易度が高いと思います。
すでにダメージを負っている中間から毛先に、新しく薬剤が重なることを「オーバーラップ」と呼びます。
これを繰り返すと、髪は「過膨潤(必要以上に膨らみすぎること)」を起こし、タンパク質が流出してスカスカの状態になります。
そもそも、髪の毛は根元、中間、毛先で「ダメージ履歴」が異なります。
サロンに言った際に、必ず「過去にどのようなことをしたか?」を伺うのはこうした理由があるからです。
プロはお話を伺い、髪に触れ、瞬間的に髪の状態を判断します。
お客様の髪の状態(親水性や疎水性のバランス、キューティクルのダメージ度合い等)を判断し、使う薬剤を組み立てます。
例えば、比較的元気な根元の部分にはアルカリの薬剤を、低アルカリや酸性の薬剤を選ぶといった、緻密なコントロールを行います。
セルフカラーではこういった「組み立て」はできません。
「誰でも簡単に染められる」ということは「簡単に染まるよう薬剤が調整されている」ということ。
1回のカラーで劇的な差は無いと思いますが、それが数カ月~数年となると話は別。
長い目で見れば、余計な髪の負担は避けられません。
【最も大きなリスク】

セルフカラーのリスクは、単なるダメージだけではありません。
プロ目線で最も懸念されるのは、その後の「美容室での施術」が難しくなる可能性があることです。
まず第一に、市販のカラー剤のトーンと、自身が望むトーンに差があった場合。
想定していたよりも暗く染まった場合は手直しのハードルが高く、髪の負担を避ける施術を選べなくなることがあります。
特に、白髪染めの染料は濃い傾向が高く、一度でもそれを使えばトーンを上げた透明感のあるカラーを作る難易度は上がります。
場合によっては、ブリーチをしても残留することもあり、希望の色味を再現することが困難になるケースが多いです。
また、基本的に強アルカリの薬剤になりますので、髪のダメージ度合いによってはパーマや縮毛矯正をする際の足かせになることもあります。
これは「いつ頃」やったかは関係なく、6ヶ月前でも1年前でも、そのダメージは毛先に「履歴」として残ります。
実際は、このリスクに関しては美容師のスキルに依存する部分が大きいと思います。
複雑な履歴でも上手くリカバリーしてくれる美容師もいます。
ただし、このような複雑な施術を得意とする美容師は基本的に高単価なことは多いです。
髪の「履歴」はスタイルを作る上の「健康診断」のようなものです。
・問診(カウンセリング=履歴を伺う)を正確に答えられない。
・見た目よりダメージの度合いが大きい(健康を損なっている)
このような状態で始まる複雑な施術には、常にリスクが伴います。
どのような状態でも上手に仕上げてくれるのが理想ではありますが、時にはそれが叶わないこともあることは理解しておきましょう。
【自宅でできるアフターケア】

そうしてダメージを負い、パサつきが表面化してきて、ようやくヘアケアに注目する方も多いでしょう。
髪のダメージは基本的に不可逆的なもので、後から綺麗にしようと思っても限度はあります。
サロンで行うシステムトリートメントの効果は限定的(通常2~4週間程度)ですし、髪質改善やストレートはそれなりのコストがかかります。
それに加え、カラーの色味やデザインなどを考慮すれば、ホームカラーとサロンカラーのクオリティの違い、それに伴うコストの差も理解いただけるかと思います。
話を戻します。
サロンでは、カラーの後に「乳化」や「オキシ除去」という、薬剤を無害化する重要な工程を挟みます。
セルフカラーを行う場合でも、せめてこの「後始末」の考え方はホームケアにも役立ちます。
①「ぬるま湯」は効果的
カラーはもちろん、その後の数日間は髪のキューティクルが不安定になり、熱に弱くなっています。
ぬるま湯で流すことが、急激なタンパク質の流出を防ぐ意味で有効です。
38℃と42℃のお湯で比較すると、1カ月後に2レベル相当の差が出たという実験があります。
②ヘマチン配合シャンプーによる褪色防止
ヘマチンは毛髪タンパクとくっつきやすく、髪のハリコシ向上を目的に配合されます。
それに加え、残留する過酸化水素を分解する「カタラーゼ様活性」があり、髪の中に残った「ダメージの種」を抑えてくれる役割を担います。
③等電点への復帰
アルカリに傾いた髪を、健康な弱酸性(等電点)に戻すための「バッファー効果」を持つトリートメントを選んでください。pH(ペーハー)を整えることが、パサつきを抑える科学的な近道です。
【まとめ】
ここで一度まとめると、
・白髪染めが中心
・根元の決まった部分だ染める
・明るさを変えない
・ボブ未満くらいの短め
・細毛や猫毛でなく、それなりに髪質が丈夫
・パーマや縮毛矯正をしない
これらが該当する方は、セルフカラーという選択肢もありだと思います。
髪は「死滅細胞」で、お肌と違って勝手に回復しません。
一度負った傷が、自己治癒力で改善することがないのです。
そして、髪の体力には限りがあり、「それをどれだけ維持できるか」が10年後の髪の美しさに繋がります。
もちろん、突発的な理由による「緊急的な措置」はあるでしょう。
しかし、それを日常的に繰り返すリスクは知っておくべきだと思います。
全ての美容室が該当するとは言いませんが、お客様の「5年後、10年後の髪の体力」を守るためのカウンセリングと施術の組み立てを行っています。
美しい髪は「コスパ」ではなく、化学に基づいたプロの技術と、それを大切に想うお客様の選択によって育まれるものです。
あなたの髪は、あなたを最も美しく見せる大切なアクセサリーです。
その輝きを守るために「必要なもの」として、サロンカラーを再定義していただければ幸いです。